ルイス・ハミルトンの2025年フェラーリ移籍は、しばしば1996年のミハエル・シューマッハと重ね合わせられる。しかし、その実態はまったく異なる。シューマッハは27歳、肉体的にも技術的にも絶頂期にあった。ベネトンで二度の王座を手にし、さらに勝利を重ねられる状況を手放す必要はなかった。一方のハミルトンは40歳。すでにキャリアの終盤に差し掛かり、両者の立場は大きく異なる。
ブラウンが認めたシューマッハ交渉の裏側シューマッハは当初、フェラーリの誘いを断っていた。混乱し技術的にも遅れを取っていたチームに行く理由はなく、ベネトンでさらなる成功を望んでいたからだ。そのとき助言を与えたのがロス・ブラウンだった。ブラウンは「拒否」ではなく「要求を積み重ねろ」と指示した。金銭だけでなく、権限や人的リソースまで徹底的に条件を押し上げるよう助言したのだ。実際にシューマッハはフェラーリが接触するたびに要求を追加し、フェラーリはそれを一つずつ受け入れていった。2009年のブラジルGPでautoracingのアダウト・シルバが直接ブラウンに確認したところ、彼は当時の報道を認めたうえで「ここまで受け入れるとは思わなかった」と語っていた。ブラウンはこう振り返った。「最終的に私はマイケルに言った。『もう決めるのは君だ。金銭的には想像以上だろう。タイトルをすぐに取れる保証はないが、長期的には可能性がある』」シューマッハの要求リストシューマッハがスクーデリア・フェラーリに突きつけ、受け入れられた条件は以下の通りだ。■ 権限と支配力: チーム全体を掌握し、自らの技術陣を組織する自由■ 信頼できるスタッフ: ロス・ブラウン(戦略責任者)、ロリー・バーン(デザイナー)を含むベネトンの仲間の招聘■ 絶対的ナンバー1待遇: 常にエースの立場を保証し、チームメイト人事にも拒否権を持つ■ 破格の報酬: ベネトン時代の3倍の基本給に加え、勝利・表彰台・タイトルごとのボーナスフェラーリはすべてを受け入れた。1979年以降タイトルから遠ざかっていたチームは、成功を取り戻すためなら何でも差し出すしかなかったのだ。ハミルトンとの決定的な違いハミルトンには、こうした「交渉による絶対的権力の獲得」はない。むしろ2012年にマクラーレンからメルセデスに移った時と同じく、「未来を信じる決断」に近い。年齢的にもキャリアの局面的にも、シューマッハがフェラーリに加わったときとは根本的に条件が異なるのだ。
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