先週末のF1スペインGPで施行されたフロントウイングのフレックス(たわみ)に関する新たな技術指令は、一部チームが得ていた可能性のある空力的優位性を抑制することを目的としていた。FIAは、次の2つの手法が問題視されると見ていた。ひとつは、走行中の車速上昇に伴いフラップ(翼片)の角度が実質的に減少するというもの。もうひとつは、主翼全体(メインプレーン)を後方に撓ませることで全体の迎角を低下させる手法だ。
この2つを組み合わせることで、現代F1マシンに共通する「低速域のアンダーステア」と「高速域のオーバーステア」という相反するハンドリングの課題をバランス良く解消する効果が得られる。フロントウイングは3枚のフラップ(あるいはエレメント)で構成されており、それらはメインプレーン(ベース)および翼端の構造的サポートによって保持される。ウイングが失速するポイントまでは、フラップの迎角が大きいほど上下の気圧差が生じ、それによって大きなダウンフォースが発生する。フラップの角度は個別に設定可能だが、材質が無限に硬いわけではないため、速度が増すとともに角度は自然に減少する傾向がある。メインプレーン自体も同様に撓む可能性がある。一般的に、車速が上がれば上がるほど空力荷重は速度の二乗に比例して増大する。チームはこの特性を利用し、低速では高い迎角を、高速では撓みによって迎角が自然に減少するような設計を採用している。これにより、低速でのアンダーステア傾向と高速でのオーバーステア傾向を同時に緩和することができる。フラップの撓み量とその分布は、カーボン素材の積層構造(レイアップ)によって決まり、剛性を高めるには材料を増やす必要があり、その分ウエイトが増加するというトレードオフがある。今回の新技術指令(Technical Directive)では、フロントウイング全体に対する100kgの荷重に対して、撓みが10mm以下(従来は15mm)であることが義務づけられた。また、片側のみへの荷重では15mm以下(従来は20mm)とされた。さらにフラップ個別には、任意の1点に6kgの荷重をかけた際、後端部のたわみが3mmを超えてはならない(従来は5mm)と定められた。これらの数値は一見すると小さいが、剛性の要求度は大きく増したことを意味する。チームによって対応は異なり、マクラーレンのように単純にハンガー(吊り金具)を強化するだけのケースもあれば、フラップ形状自体を再設計するなど大規模な対応をしたチームもある。F1の統括団体FIAは、フロントウイングに対するより厳格な荷重テストを実施各チームの対応■ マクラーレン形状は変更せず、剛性を強化。■ フェラーリフラップ形状を新設計し、スパン方向(横方向)およびコード方向(前後方向)に荷重を再分配。■ レッドブル第1および第2フラップの断面形状を変更。■ メルセデスイモラGPから導入。コード方向とスパン方向の両方でエレメントの形状を再設計。■ アストンマーティン形状はそのままで、剛性を強化。■ アルピーヌアストンマーティン同様、形状は変えずに剛性のみ強化。■ ハース同じく形状を維持しつつ、剛性を向上。■ レーシングブルズ全体的な開発アップグレードの一環として新しいエレメントを導入。その中に新しい剛性要件を取り込んだ。■ ウィリアムズ最も後方のエレメントとエンドプレートの形状を変更。■ キック・ザウバー形状はそのままながら、異なる剛性仕様に切り替え。今回の規制変更によって勢力図に大きな変化はなかったが、マシンのバランスがより難しくなったことで全体的なパフォーマンスに影響が出た可能性がある。ピレリはスペインGPの場で、「2024年と比較してタイヤにかかる荷重が増えている」と確認しているにもかかわらず、今年のラップタイムはわずかに遅くなっていた。2024年と2025年のポールラップ比較■ 2024年:ランド・ノリス(1分11秒383)・セクター1:21.383秒・セクター2:28.402秒・セクター3:21.493秒■ 2025年:オスカー・ピアストリ(1分11秒546)・セクター1:21.259秒・セクター2:28.580秒・セクター3:21.707秒2025年スペインGP予選Q3におけるノリスのベストラップ比較。青が2025年、赤が2024年。2024年のQ3平均路面温度は35.6℃、2025年は47.5℃2025年のポールラップは第1セクターでは前年より速かったが、第2・第3セクターでは逆に遅く、とくに最終セクターでのタイム差が大きかった。この傾向は、ラップ終盤にかけてタイヤ温度が過剰に上昇していた可能性を示唆している。FIAは2025年中にこれ以上のフロントウイング規制変更を行う予定はないが、2026年には新レギュレーションの下で「アクティブエアロ」機構が導入される予定であるため、今後はウイングのフレックスが競争優位性の要因にはなりにくくなると見ている。FIAのシングルシーター部門ディレクターであるニコラス・トンバジスは次のように述べている。「しかし、我々は常に警戒を怠らず、テストを継続する必要がある。すでに来年の荷重条件を定義しつつある。今後の動向を注視し、公平性を保つために必要であれば柔軟に対応する」