キャデラックF1チームは、2026年のF1世界選手権において、グレーム・ロードンをチーム代表に迎え、ついにグリッドに姿を現す。チームが掲げるのは、アメリカンドリームをF1の舞台で実現することだ。このF1参入プロジェクトの道のりは、決して平坦ではなかった。発端はアンドレッティ・オートスポーツによるF1への関心表明。そこから芽生えた構想は、年月をかけて、まったく異なる姿へと変貌を遂げることになる。
まず注目されたのは、意外な人物がプロジェクトの最前線に立ったことだった。かつてマルシャF1の代表を務めたグレーム・ロードンである。アメリカ国内では、この人事に慎重な見方もあった。問題はロードンの実績ではなく、マリオ・アンドレッティの息子であり、当初チームの象徴だったマイケル・アンドレッティが表舞台から退いたことにあった。その後、マイケルの退任を経てF1から正式な参戦承認が下りたことで、アメリカのF1ファンの間では、ある疑問が広がり始めた。この「アメリカのF1チーム」は本当にアメリカのチームなのか。あるいは、国籍色を薄めたグローバル企業の顔を持つチームになってしまったのではないか。「これはアメリカのチーム」 英国人代表が示す揺るぎない意志PlanetF1.comはこの疑問に答えを求め、イギリス出身のグレーム・ロードンに独占インタビューを行った。彼の答えは明快だった。「我々はアメリカのチームを作っている。それは間違いない」と彼は断言する。「私のアクセントを聞けば、私はアメリカ人ではないと分かるだろう。でもアメリカという国が持つ意味は人それぞれだし、キャデラックというブランドが体現しているのは“アメリカンドリーム”なんだ」「それはマリオ(・アンドレッティ)も同じだよ」マリオ・アンドレッティは、アメリカにおけるモータースポーツの象徴的存在である。イタリアの係争地域に生まれ、難民キャンプで幼少期を過ごした後、一家は新天地を求めてアメリカへ移住。ペンシルベニア州ナザレスに定住し、近所のダートトラックを舞台に、双子の兄アルドとともにレースへの情熱を育んだ。アルドは大事故によりレースから退くが、マリオは着実にキャリアを積み上げ、インディ500やデイトナ500での優勝を経て、ついにはF1に挑戦。報酬面で劣る欧州の舞台で数年を戦った末、1978年のモンツァでF1ワールドチャンピオンに輝いた。今回のキャデラックF1に「アンドレッティ」の名はないが、マリオ本人は“ノンエグゼクティブ・アドバイザー”として今もチームに関わり続けており、その精神とアメリカへの敬意はチームの根幹に息づいている。ロードンは「私はアメリカ人ではないが、“アメリカンドリーム”のような価値観はすぐに理解できる」と語る。現在、拠点となるインディアナ州フィッシャーズのファクトリーは建設途上にある。物理的な体制はまだ整っていないが、それでも「チームの中心にあるのはアメリカの魂だ」と彼は強調する。「最初に示したいのは、アメリカンドリームの精神だ」「すべての人に設備と方向性を与え、努力し、そして結果を出す。それが我々の哲学だ」キャデラックF1チーム代表のグレアム・ロードン急増するアメリカ人F1ファンに“信じられるチーム”をキャデラックF1が重視するのは、ルーツだけではない。急増するアメリカ人F1ファン層に対しても、明確に応えようとしている。ニールセンスポーツによれば、2025年時点のアメリカ国内F1ファンは約5200万人。10年前には、F1がアメリカをスケジュールから外す可能性すらあったことを考えると、まさに劇的な変化である。「F1最大の資産はファンベースだ」とロードンは言う。「このファン層は巨大で、知識が豊富で、しかも拡大を続けている。特にアメリカは、良いことも悪いことも率直に表現する文化を持っていて、それが新鮮なんだ」「この国では、ファンが何かを好きなときには、それをはっきり示してくれる。推測する必要がない」キャデラックF1は、そんなファンの「拠り所」となるチームを目指している。「ただし、作られたような“演出されたファン向けチーム”にはしたくない」と彼は強調する。「ファンこそが最も大事な存在だ。ファンを失えば、それは酸素を失った動物のように、チームは死んでしまう」「だからこそ、私は新たなチームをF1に加えることに強い情熱を抱いている。自分自身がF1ファンであり、グリッドにもっと多くのチームが並ぶ姿を見たいと思っているからだ」このチームが「アメリカのチーム」であること。そして、これまで軽んじられがちだったアメリカ人F1ファンに、“信じられる象徴”を与えようとしている姿勢は、確かに歓迎されるべきものである。アメリカに根ざし、世界の舞台で戦う新たな存在。それがキャデラックF1である。