スーパーアグリがF1撤退を発表してから12年の月日が流れた。スーパーアグリは、2008年5月6日に記者会見を開き、鈴木亜久里代表の口からF1撤退が発表された。スーパーアグリF1チーム、2006年からプライベーターチームとしてF1に参戦。2007年はチーム結成22戦目(スペインGP)で初ポイントを獲得、ランキング9位という成績を残したが、チームは3年という短さで幕を閉じることになった。
鈴木亜久里 (スーパーアグリF1チーム代表)「F1チームオーナーになるという私の昔からの夢を実現すべく、2005年11月にF1にエントリー申請をし、2006年よりスーパーアグリF1チームとして、2年と4ヶ月にわたりF1の世界で戦ってきたが、本日その活動に終止符をうつことになった。多くの自動車メーカーが参戦しているこの世界でプライベーターとして戦いを挑み、昨年はチーム参戦から、わずか22戦目にして初ポイントを獲得しランキング9位となる快挙を達成することができた。しかし、昨年のシーズン初頭から、パートナーとして一緒に戦っていくはずだったSS United Group Company Limitedの契約不履行によりチームは経済的なバックボーンを失い、経営は非常に厳しい状況に追い込まれた。また、カスタマーカーに関する方向性の変化などチームをとりまく環境変化もあり、チームは新たなパートナー探しを精力的に続けてきたが、その活動は難航した。その間、ホンダから支援を受けながら、なんとか今日まで持ちこたえてきたが、現在のF1を取り巻く環境の中で、今後も安定的に活動を継続していく目処が立たず、本日、F1から撤退するという苦渋の決断をくだすこととなった。ここまでチームを支えてくれたホンダ、ブリヂストン、そしてスポンサーの皆様、いろいろな状況の中でアドバイスを頂いたF1関係者の皆様、チームが苦しい状況の中でも、モチベーションを絶やさず働いてくれたチームスタッフ、厳しい状況の中でも頑張ってくれたアンソニー、チーム立ち上げから一緒に戦いチームを引っ張ってくれた琢磨、そして、これまでスーパアグリF1チームを応援してくれてきた世界中のファンの皆様に最大の感謝を表したい」大島裕志 (ホンダ 執行役員 広報・モータースポーツ担当)スーパーアグリF1チーム(SAF1)は日本のチームとして、多くのファンに夢を提供してきました。また、佐藤琢磨選手、アンソニー・デビッドソン選手も、その豊かな才能と努力により常にエキサイティングなレースを行うなど、F1のファン層の拡大に貢献してきました。ホンダは、2005年スーパーアグリF1チーム設立以来、その趣旨に賛同し、エンジン提供をはじめ経済的支援を行ってきました。特に2007年以降、チームの財政状況が厳しさを増した中で、スポンサー、パートナー獲得にむけてチームと共に様々な話し合いを続けてきました。2008年シーズン開始にあたり、チームの中期的かつ安定した運営を実現する為に有力なパートナー候補であった英国 Magma Groupとの交渉をスーパーアグリF1チームが開始する中で、ホンダとしても様々なサポートを提案し3者間で合意にいたる段階まで達していましたが、Magma Group及びその資金提供者から突然、計画を中止する通告がありました。その後も引き続き、最善の努力を重ねてまいりましたが、この度、鈴木亜久里代表から、チームが自立した運営基盤を確立する見通しが立たずF1活動から撤退するという説明を受けました。スーパーアグリF1チームのF1活動撤退は誠に残念な決定ではありますが、スーパーアグリF1チームが自立し将来的にも安定した運営基盤が確保できない状況ではチームの決定はやむを得ないものと受け止めました。ホンダとともに戦ってきた、チーム関係者の皆さま、そして、応援していただいたファンの皆さまに深く感謝を申し上げます。スーパーアグリの軌跡~スーパーアグリ誕生 (2005年)~9月 2006年からの参戦に向けて水面下で活動を開始。鈴木亜久里がダニエル・オーデットに協力を要請。10月4日 ホンダの記者会見で、ホンダが2006年から参戦を予定している新チームへのエンジン提供を認める。また佐藤琢磨が同チームからオファーされていることが明らかになる。10月日本GP 鈴木亜久里が新チームを立ち上げるとの情報が流れる。10月10日 新チームがホンダの2006年型シャシーと同じものを使用するとの情報が流れる。10月中旬 新チームが使用するファクトリーは、旧アロウズとの噂が流れる。10月26日 スーパーアグリ・フォーミュラ1がFIAにエントリーを申請。10月下旬 イギリス・リーフィールドにある旧アロウズのファクトリーで活動を開始。11月1日 SUPER AGURI FORMURA1参戦発表記者会見11月23日 過去2年間に製造された知的財産権の売買が認められず、ホンダの者ではなく、自社製シャシーでの参戦を目指すことが明らかになった。車体は2002年に撤退したアロウズのA23を改造。シャシーの所有権を持つ、ポール・ストッダードが交渉を認める。12月1日 書類上の不備でエントリーが認められず、再申請へ。全10チームと交渉開始。12月21日 全10チームの賛同が得られ、FIAへ再申請することを発表。~スーパーアグリ “奇跡の参戦” (2006年)~1月26日 FIAがエントリーを承認。1月30日 ブリヂストンがタイヤ供給を発表。2月7日 マシンスペック&体制発表2月上旬 マシンがクラッシュテストを通過2月11日 表参道で初めてのプロモーションイベントを実施。2月14日 イギリス・ケンブルで参戦マシンSA05シェイクダウン2月15日 ドライバーラインナップ発表(佐藤琢磨&井出有治)2月21~23日 バルセロナ合同テストに参加3月10日 開幕戦バーレーンGPでスーパーアグリF1チームがF1デビュー。予選20位、決勝18位(佐藤琢磨)5月5日 第5戦ヨーロッパGPにおいて、スーパーライセンスを剥奪された井出有治に代わり、フランク・モンタニーが出走。7月28日 第12戦ドイツGPにて、新車SA06がデビュー。また、フランク・モンタニーに代わり、山本左近がF1デビュー。8月25日 第14戦トルコGPで、アップデートされたSA06Bが登場。10月22日 最終戦ブラジルGPで、佐藤琢磨がチーム最高の10位でシーズンを終了。11月15日 チーム体制発表。ドライバーは佐藤琢磨とアンソニー・デビッドソンに。12月8日 モナコで開かれたオーナー会議で、スーパーアグリとトロ・ロッソのカスタマーシャシー問題に関して調停持ち込みを示唆。12月16日 サード・ドライバーにギド・ヴァン・デル・ガルデを起用。12月26日 山本左近をセカンドテストドライバーに起用。2007年 ~4ポイン...
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