2006年F1を象徴する論争のひとつだったモナコGP予選での一件について、当時フェラーリを率いていたジャン・トッドが、ミハエル・シューマッハの行為は「故意だった」と認めた。長年にわたって議論の対象となってきたラ・ラスカスでのストップが、当事者に最も近い立場にいた人物の言葉によって、あらためて注目を集めている。
この発言が持つ重みは大きい。なぜなら、あの一件は単なる予選妨害疑惑ではなく、フェルナンド・アロンソとミハエル・シューマッハが激しくタイトルを争った2006年シーズンの空気そのものを映し出す出来事だったからだ。若きアロンソが絶対王者の時代を揺さぶり、フェラーリとシューマッハが限界の中で応戦していた構図が、トッドの証言によって改めて浮かび上がった。トッドが明かしたモナコGP予選の真相ジャン・トッドは「ハイ・パフォーマンス・ポッドキャスト」で、2006年モナコGP予選でのシューマッハの行為について言及した。トッドは、シューマッハについて「素晴らしい人間だった」としながらも、感情を制御できなくなったときに大きな代償を払ったと説明。その例として、フェルナンド・アロンソとの争いの中で「モンテカルロでわざと止まった」件を挙げた。当時、シューマッハは予選終盤にラ・ラスカスでマシンを止め、アロンソの最後のアタックに影響を与えたとして審議対象となった。結果として、シューマッハはグリッド最後尾降格のペナルティを受け、ポールポジションを失った。決勝ではアロンソが優勝し、タイトル争いの流れにも影響を与える場面となった。“2度だけ知っている”と語ったシューマッハの逸脱トッドはさらに、シューマッハがルールの境界を越えた例は多くなかったとしつつも、少なくとも自身が知る限りでは2度あったと明かした。そのうえで、「彼は不正のやり方がうまくなかった」と振り返り、「もっと簡単に何度もできたはずだが、やろうとすると失敗していた」と語った。トッドのこの証言は、シューマッハが常習的にそうした行為をしていたというより、極限状態の中で自らを見失った局面があったことを示す内容となっている。モナコでの一件は、まさにその象徴として語られた形だ。アロンソが壊した王朝と2006年の緊張感2005年にフェルナンド・アロンソがタイトルを獲得したことで、ミハエル・シューマッハとフェラーリが2000年から2004年まで築いてきた支配体制は崩れた。さらに2006年は、その対立がより直接的で、より感情を帯びたタイトル争いへと発展したシーズンだった。記事では、すでに2005年のイモラや鈴鹿130Rでの攻防が両者の関係を際立たせていたと振り返っている。そして2006年には、ついに王座をめぐる本格的なライバル関係となり、その過程でモナコの騒動が生まれた。結果的に、その年のタイトル争いは終盤まで続いたが、日本GPでのフェラーリのエンジントラブルが決定打となり、アロンソが再び王者となった。トッドも、モナコの件をタイトル争いの重要な分岐点のひとつとして位置づけている。20年後になお残るふたりの因縁フェルナンド・アロンソは、ミハエル・シューマッハについて「とても冷静で、いつも相手を威圧しようとしていた」と最近語っている。記事は、そうした印象も含めて、両者の関係が単なる世代交代ではなく、心理戦と技術戦、そしてタイトルを懸けた真っ向勝負だったことを伝えている。アロンソはその後も長くF1でキャリアを続けてきたが、シューマッハとの対決は今なお特別な意味を持つ出来事として語られている。今回のトッドの告白は、2006年の激闘が単なる名勝負ではなく、時に規則の境界線すら揺るがすほど熾烈な戦いだったことを、あらためて示すものとなった。Source: MARCA
全文を読む