2026年シーズン開幕から6戦全勝を飾り、圧倒的な強さを見せるメルセデス。しかし、そのメルセデス製パワーユニット(PU)がFIAのADUO(開発支援制度)の対象となり、2~4%遅れのメーカー向け優遇措置を受けられることが明らかになった。この結果に、多くのF1関係者やファンは疑問を抱いた。「最強のPU」と評価されるメルセデスが、なぜ支援対象になるのか。
その答えを理解するには、2026年PUにおいて何が本当に重要なのかを考える必要がある。FIAが評価したのはV6エンジン出力のみADUOの判定において、FIAは開幕戦メルボルンからカナダGPまでのデータを分析し、各メーカーのV6エンジン性能を比較した。対象となったのはメルセデス、RBPTフォード、フェラーリ、ホンダ、アウディの5メーカーだ。重要なのは、評価対象が内燃エンジン単体の出力であり、PU全体の総合性能ではない点である。FIAは各メーカーに測定基準の概要のみを伝えており、詳細は公開していない。これは意図的な性能調整によって優遇措置を獲得しようとする行為を防ぐためだ。モナコGP後に明らかになった情報によると、メルセデスのV6エンジンはRBPTフォードよりも少なくとも2%出力が低いと評価されたという。馬力換算ではおよそ10~25馬力程度の差になるとみられている。しかし、この数値だけではPU全体の競争力は説明できない。2026年PUの本質は効率にある2026年レギュレーションにおいて、PU開発の鍵は最高出力ではなく効率だと以前から指摘されてきた。特に重要なのは、エネルギー回生とバッテリー充電能力である。最高出力が大きいエンジンが、必ずしも最も優れたPUとは限らない。むしろ重要なのは、どれだけ効率的に電力を回収し、必要なタイミングで電力を供給できるかだ。この観点から見ると、メルセデスPUがADUO対象になったことにも説明がつく。メルセデスのV6はRBPTフォードより出力では劣るものの、エネルギー回生効率が極めて高い可能性がある。その結果、バッテリー残量不足に陥ることなく、常に電気エネルギーを利用できる状態を維持できる。電気モーターの即時かつ持続的なトルク供給と、W17の優れたトラクション性能が組み合わされることで、レース全体で大きなアドバンテージを生み出していると考えられる。スーパークリッピング時の効率が差を生む2026年型PUを理解する上で欠かせないのが「スーパークリッピング」だ。これはバッテリー残量が減少した際に、内燃エンジン主体で走行しながらエネルギー回収を行う状態を指す。一般的には、最高出力が大きいエンジンほど有利に思える。例えばRBPTフォードが425kW、メルセデスが420kWだった場合、多くの人はRBPTフォードの方が効率よく充電できると考えるだろう。しかし実際のエンジンはそれほど単純ではない。内燃エンジンには回転数と負荷に応じた効率マップが存在する。最大出力を発揮する領域と、最も効率良く燃料エネルギーを利用できる領域は必ずしも一致しない。スーパークリッピング中はエンジン回転数が変化し、効率マップ内の別の領域で動作する。その際、ピーク出力では劣っていても、充電を行う領域で高効率を発揮するエンジンの方が有利になる可能性がある。メルセデスはまさにこの領域で優位性を持っている可能性が高い。吸気設計の違いが効率特性を左右する2026年からは可変吸気システムが禁止された。これにより各メーカーは、どの回転域を重視するかという設計上の選択を迫られた。従来は可変長インテークによって広い回転域で効率を維持できたが、現在は固定長となっている。一般論として、短い吸気経路は高回転域で有利となり、長い吸気経路は低中回転域で効率向上に寄与する。RBPTフォードが高回転域重視の設計を選択した場合、ピーク出力向上には有利となる。一方でメルセデスがエネルギー回生時に多く使用する回転域を重視して設計していれば、最高出力では劣っていても効率面で大きな優位性を獲得できる。レッドブルが積極的なシフトダウンによって高回転を維持しながら回生を行う傾向とも、この考え方は整合する。出力だけではPUの実力は測れない今回のADUO判定から見えてくるのは、2026年F1では最高出力だけではPUの性能を評価できないという事実だ。FIAの評価基準はV6エンジン単体の出力差に基づいている。しかし実際のレースで勝敗を分けるのは、電力回生、バッテリー管理、エネルギー供給能力を含めた総合効率である。メルセデスPUはV6出力ではRBPTフォードに及ばなかったとしても、回生効率やエネルギーマネジメントで大きな優位性を持っている可能性が高い。だからこそ、全勝を続けながらもADUO対象になるという、一見矛盾した状況が生まれたのだ。2026年のF1において重要なのは「何馬力あるか」ではない。「どれだけ効率的にエネルギーを使えるか」が勝敗を左右する時代になっている。