メルセデスが使っていた“禁止トリック”の実態が明らかになった。わずかコンマ数百分の1秒を得る代わりに、マシンは最大60秒間にわたって電動パワーを失い、コース上で極端な低速状態に陥る――アンドレア・キミ・アントネッリは鈴鹿でそのリスクを実際に経験し、「完全に無防備だった」と振り返った。FIAはこの運用を問題視し、技術指令によって即座に封鎖。安全性と競技性の両面で波紋が広がるなか、この“抜け穴”はなぜ成立し、なぜここまで危険視されたのか。
2026年のF1世界選手権が抱えるエネルギーマネジメントの歪みが、ひとつの形として露呈した。“数百分の1秒”のために失ったもの問題となったのは、アタックラップ終盤におけるエネルギー展開の制御だ。通常、マシンは計時線に向かうにつれて出力を段階的に下げる必要があるが、メルセデスとレッドブル・パワートレインズ勢はその減衰を回避し、より長く最大出力を維持する方法を見いだしていたとされる。これにより、ライバルよりも50〜100キロワット程度多い出力を維持できる可能性があったが、その代償は大きかった。運用後にはMGU-Kが最大60秒間停止し、マシンは電動パワーを完全に失った状態で走行せざるを得なくなる。アントネッリが体感した“危険な瞬間”アンドレア・キミ・アントネッリは、このトリックの影響を実際に体験したドライバーのひとりだ。「正直、いい感覚ではなかった」「もちろん、僕たちは少しでもパフォーマンスを引き出そうとしていた。でも、その裏では予期しない問題や状況に直面する可能性があった」「そうなる可能性があることは分かっていたけど、メルボルンや鈴鹿までは実際に体験していなかった」「まず第一に、安全とは言えない。特に鈴鹿では、シケインやS字で完全に無防備な状態になっていた。コース幅も狭くて逃げ場がない」「マシンは入力にまったく反応せず、ただゆっくり転がるしかなかった。本当にストレスの大きい瞬間だった」アントネッリはそう振り返り、この運用がもたらすリスクの大きさを認めた。FIAが封鎖した“本来の用途外”の使い方このトリックは、本来はトラブル時にコンポーネントを保護するための仕組みを応用したものだった。MGU-Kを停止させることでダメージを防ぐ規定を、パフォーマンス目的で利用していた形だ。しかし、この運用によってコース上に極端な速度差が生まれることが問題視された。高速で走るマシンと、電動パワーを失って減速したマシンが混在する状況は、重大なインシデントにつながる可能性がある。こうした背景から、FIAはこの仕組みの使用を“緊急時のみ”に限定する技術指令を発行し、事実上このトリックを封鎖した。ペナルティリスクと“割に合わない利得”アントネッリはまた、この運用がもたらす別のリスクにも言及している。「予選では簡単にペナルティにつながる可能性もあった。誰かのラップを妨害してしまうかもしれないし、それは望むところじゃない」「得られるのはコンマ数百分の1秒程度の違いにすぎない。でも、これが起きないと分かっている方が安心できる」パフォーマンス面でのメリットが極めて小さい一方で、安全性や競技面でのリスクは大きい――そのバランスの悪さが、今回の規制強化につながったと言える。露呈した2026年F1の構造的な問題今回の一件は単なる“裏技封じ”にとどまらない。2026年F1マシンは電動出力の比重が大きく、エネルギー管理がラップ全体のパフォーマンスを左右する構造になっている。その中で生まれた今回の“抜け穴”は、レギュレーションの隙を突いた結果であると同時に、現在のF1が抱える設計思想そのものの歪みを映し出したとも言える。FIAの迅速な対応によってこの問題は封じられたが、エネルギーマネジメントを巡る議論は今後も続くことになりそうだ。マイアミ以降のレギュレーション調整においても、今回の事例がひとつの基準になった可能性は高い。