2005年5月12日、BARホンダがF1史上でも異例の2戦出場停止処分を科されてから、ちょうど21年を迎えた。“隠し燃料タンク”問題として知られるこの騒動は、現在でもF1界で語り継がれる代表的な技術規則違反のひとつとなっている。発端となったのは、2005年F1サンマリノGP後の車検だった。ジェンソン・バトンが3位、佐藤琢磨が5位でフィニッシュしたBARホンダだったが、FIAは車両内部に残された約15リットルの燃料を問題視。最低重量規定を巡る解釈が大きな波紋を呼ぶことになった。
「空」とされたタンクに残っていた約15リットルの燃料問題は、BARホンダが燃料タンクを完全に空にしたと主張した後に発覚した。FIAはその後、タンク内の隠された区画に約15リットルの燃料が残っていることを確認した。この燃料を除いた状態でジェンソン・バトンのマシンを計量すると、重量は594.6kgだった。当時の最低重量である600kgを5.4kg下回っており、FIAはBARホンダが最低重量規定を実質的に回避していたと判断した。当時のFIA会長マックス・モズレーは、この件について厳しい見解を示した。「彼らはタンクに15リットルを残したまま、それが空だと我々に伝えた」BARホンダ側は燃料システムの構造上、その燃料は通常使用できないものだと主張したが、FIAの判断は覆らなかった。結果として、チームはサンマリノGPから失格となり、続くスペインGPとモナコGPの2戦を欠場することになった。技術的解釈と規則違反の境界線この一件が特異だったのは、単なる重量不足ではなく、燃料システムの設計そのものが問題視された点にある。燃料を搭載した状態では最低重量を満たしていても、実際には燃料を抜いた車体重量が規定を下回っていたため、FIAは競技上の優位性につながる重大な違反と見なした。F1では技術的な創意工夫が競争力の源泉となる一方で、その解釈が規則の限界を超えた場合には厳しい処分が下される。BARホンダの“隠し燃料タンク”問題は、その境界線を象徴する事例となった。ジェンソン・バトンと佐藤琢磨がポイント圏内でフィニッシュしたサンマリノGPの結果は取り消され、BARホンダはシーズン序盤の貴重な2戦を失った。チームにとっては競争力を示し始めた矢先の大きな痛手であり、F1史に残る異例の出場停止処分として記憶されている。