2026年F1は、パワーユニットの刷新、新しい空力思想、スポーティングレギュレーションの改定など、過去10年以上で最大級の変革を迎える。その中で、意外と注目度が高くないのが「アドバンスト・サステナブル燃料」だ。しかしこの変更は、技術的にも思想的にも極めて大きな意味を持つ。しかも成功の尺度は、皮肉なことに「誰も気づかないこと」にある。
なぜF1は今、サステナブル燃料に踏み切るのかF1は2030年までに「ネット・ゼロ」を達成するという明確なコミットメントを掲げている。そのための取り組みは、マシンそのものだけでなく、ガレージ、パドック、放送センターの電力供給、使い捨てプラスチックの禁止など、多岐にわたる。アドバンスト・サステナブル燃料の導入は、その全体像の一部に過ぎない。しかし、F1が「走る広告塔」として世界に与える影響を考えれば、その象徴性は非常に大きい。F1は常に基準を示す存在であり、持続可能な燃料へと完全に舵を切ること自体が、強いメッセージとなる。アドバンスト・サステナブル燃料とは何かF1で使用されるアドバンスト・サステナブル燃料は、いわゆるeフューエルだ。原料には以下のような先端的なソースが使われる。・大気中や産業排出から回収されたCO2・都市廃棄物・食料と競合しない非食用バイオマス・これらを組み合わせたもの化学者は、燃料ブレンドに使う分子を精密に選び出し、厳格なサステナビリティ基準を満たすよう設計する。重要なのは、この燃料には原油由来の成分が一切含まれていない点だ。本当に環境に優しいのかサステナブル燃料の製造は、現時点ではエネルギー集約的なプロセスになることも多い。ただし、生産規模が拡大すれば効率は大きく改善すると考えられている。F1向け燃料の条件として、製造プロセスは再生可能エネルギーによって賄われなければならず、化石燃料由来の電力は認められない。また、独立機関による認証が必須となる。例えばバイオマス由来の燃料であれば、食料生産と競合する作物ではなく、廃棄バイオマスを使用することが条件とされている。エンジンは専用設計が必要になるのか答えはノーだ。これらの燃料は「ドロップイン燃料」と呼ばれ、従来の化石燃料と置き換えて使用できるよう設計されている。エンジン側に特別な改造は必要なく、市販車でも使用可能な性質を持つ。実際、過去には歴史的F1マシンを用いたサステナブル燃料のデモ走行も行われてきた。もちろん、F1で使用される燃料は常にその時代のエンジンに最適化されている。12年間使われた従来世代のパワーユニットでは、燃料技術は成熟し、性能差を生みにくくなっていた。しかし2026年は新世代パワーユニットの導入年だ。仮に化石燃料を使い続けていたとしても、燃料開発は重要な競争領域になっていたはずであり、サステナブル化によってその難易度はさらに跳ね上がる。性能は化石燃料と同等なのか正直なところ、まだ完全な答えは出ていない。エネルギー密度という点では、化石燃料は非常に優れており、サステナブル燃料が初年度から同等の性能を持つのは簡単ではない。しかし、当初は「ほぼ同等」のレベルに近づき、その後急速に進化していくと見られている。さらに、2026年のパワーユニットでは、回生された電気エネルギーが全体出力の約50%を占めるため、燃料単体の差がそのままパフォーマンス差になるとは限らない。すでに下位カテゴリーではサステナブル燃料が導入されており、パフォーマンスへの悪影響は確認されていない。これまでのF1燃料との違いF1はここ数年、E10燃料、つまりエタノール10%混合燃料を使用してきた。これは重要なステップではあったが、2026年の変更は次元が異なる。一方で、マシン以外のF1運営では、すでに多くの場面でサステナブル燃料が使われている。チームの発電機やフォークリフト、物流トラックなどがその例だ。特定のグランプリでは、パドック全体を太陽光と植物油由来燃料で賄う試みも行われ、実用性が示されている。燃料使用量の測定方法も変わる2014年以降、F1では燃料流量とレース全体の使用量に制限が設けられてきた。2026年も制限は残るが、考え方が変わる。これまでは「質量(kg/h)」が基準だったが、2026年からは「エネルギー量(MJ/h)」が基準となり、上限は3000MJ/hに設定される。計算は極めて複雑だが、車載電子システムが事前に認証された燃料データを基に処理する。レース中に抜き取られる燃料サンプルは、事前登録された指紋データと照合され、厳格に管理される。この技術は市販車に活かされるのか答えはイエスだ。それが最大の目的のひとつでもある。F1は長年にわたり「公道に存在し得る燃料」を使うことを原則としてきた。2026年の燃料も、研究室で生まれた最先端技術ではあるが、成分やオクタン価は市販燃料と大きくかけ離れたものではない。蒸留特性、清浄剤、オクタン設計など、F1で培われる知見は、将来のロードカーや物流車両に直接フィードバックされていくことになる。2026年のアドバンスト・サステナブル燃料は、静かだが確実に、F1とモビリティの未来を変えていく。