マクラーレンで長年メカニックを務めたインディ・ラルが、デビッド・クルサードの功績が十分に評価されていない現状を「悲しい」と語った。クルサードは1996年から2004年まで9シーズンにわたってマクラーレンに在籍し、13勝を挙げたほか、2001年にはドライバーズランキング2位を獲得。しかし、チームメイトだったミカ・ハッキネンの2度のワールドタイトルの陰に隠れ、その貢献は過小評価されているとラルは指摘している。
「13勝は運だけでは成し遂げられない」クルサードは1996年にウィリアムズからマクラーレンへ移籍。1995年最終戦オーストラリアGPではピットレーンでクラッシュを喫し、ウィリアムズからのボーナス50万ポンドに加え、マクラーレンとの契約で設定されていた優勝ボーナス150万ポンドも失うという不運に見舞われた。それでもマクラーレンでは9年間にわたり活躍し、1997年、1998年、2000年にランキング3位、2001年には2位とタイトル争いにも加わった。一方で、1998年と1999年に連続で世界王者となったハッキネンの存在が大きく、クルサード自身もチーム内ではハッキネンの方がタイトル獲得に適した立場だったと振り返っている。ラルは『Autosport』の取材で、クルサードの評価について次のように語った。「とても楽しい時代だった」「デビッドがあまり評価されていないのは少し悲しい。彼は調子が良い日は本当に速かった。ミカやミハエル・シューマッハーを相手に13勝を挙げるなんて、運だけでできることではない。デビッドは非常に献身的だった」ハッキネンとは特別な信頼関係一方でラルは、ハッキネンとはより深い関係を築いていたことも明かしている。当時のマクラーレンはテストで度重なる技術的トラブルに苦しみ、それがハッキネンの自信を大きく揺るがしていたという。「僕はミカととても親しくなった。ある年はテストで故障が続き、それが彼を壊しかけていた。自信という意味でも、まさに分岐点になりかねない状況だと感じたので、僕は彼に寄り添うようになった」「サーキットの外でも一緒に多くの時間を過ごし、信頼関係を築いた。そういう時間には、お互いにより率直な話ができる。ミカには驚異的な生まれ持った才能があった」ラルは、ハッキネンの卓越した才能を認めながらも、クルサードもまた同時代のトップドライバーたちと互角に戦い続けた実力者だったと強調。マクラーレン黄金期を支えた両ドライバーの功績は、ともに正当に評価されるべきだとの考えを示した。
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