ホンダF1 スペック2でまずICEを強化 最大30馬力アップの可能性

ホンダF1のトラックサイド・ゼネラルマネージャー兼チーフエンジニアを務める折原慎太郎によれば、ライバルメーカーとの差を縮めるうえで現時点の最大の弱点はICEにある。
プレチャンバーやピストン形状、潤滑システムにまで手を入れたスペック2によってまずICEの性能を引き上げ、その先にPU全体の最適化を進める考えだ。
アストンマーティンは前戦ハンガリーGPで、エイドリアン・ニューウェイが手掛けたAMR26の今季初となる大型アップデートを投入した。依然として目標とする位置には届いていないものの、シャシー側では競争力を大きく改善することに成功している。
Paceteqのデータによれば、ハンガリーGPでアストンマーティンのレースペースにおけるトップとの差は1周あたり2.034秒だった。シルバーストンとスパでは5秒以上の差があったが、両サーキットはハンガロリンクよりも全長が長く、さらにハンガロリンクはPU性能への依存度が比較的低いという条件の違いも考慮する必要がある。
シャシー側が前進を果たした一方で、依然として弱点として残っているのがPUだ。ホンダはザントフォールトで投入するスペック2によって、その差を縮めようとしている。
ホンダがスペック2でまずICEを強化する理由
今回のスペック2では、ICEの性能向上がアップデートの中心となる。
2026年F1では電動パワーの比重が大幅に高まり、MGU-Kの最大出力は350kWに引き上げられた。エネルギーを効率よく回収し、必要な場所でデプロイするエネルギーマネジメントは従来以上に重要になっている。
それでもホンダがまずICEを改良するのは、現時点でライバルメーカーとの最大の差が内燃エンジンそのものにあると判断しているためだ。
「我々のエンジン性能は、他のメーカーと比較すると明らかに不足しています。ですから、現時点で最も重要なのはエンジン性能を改善することだと思っています。先ほど申し上げたように、差はかなり大きいです」
折原慎太郎は、ICEが十分な水準に達していない状態では、エネルギーマネジメントなど他の領域だけを改善しても十分な効果にはつながらないと説明する。
「燃焼エンジンの性能を改善しない限り、ほかの部分を改善しても十分な効果にはつながりません。例えばエネルギーマネジメントを改善したとしても、エンジン性能そのものが不足していれば意味がありません」
「今は純粋にエンジン性能の改善に集中しています。そこで目標を達成できれば、そのあとでほかの細かな部分を最適化できると思います。ただ、依然として最大の重点項目はエンジン性能、つまり燃焼エンジンです」
つまり、ホンダがバッテリーや電動系を軽視しているわけではない。まずICEを必要な水準まで引き上げ、そのうえで電動系を含めたPU全体の最適化へ進むという開発の順序だ。
プレチャンバーやピストンまで変更したスペック2
今回のスペック2は、単なる制御変更やセッティングの最適化ではない。ホンダはICE内部の複数の領域に手を入れている。
ホンダのSNS動画で新仕様について質問された折原慎太郎は、詳細については「秘密」としながらも、その一部を明らかにした。
「エンジン性能を向上させること、つまり燃焼を速くすることに重点を置きました」
「ある意味では秘密なのですが、少しだけ明かすことはできます」
「燃焼を速くするためにプレチャンバーを変更しました。また、より良い燃焼を得るためにピストン形状も変更しています」
さらに、性能向上は燃焼側だけではない。機械的な損失を減らすため、潤滑システムの一部にも変更を加えた。
「摩擦を減らすために潤滑システムの一部も変更しました。エンジン性能を向上させるために、かなり多くの項目に取り組みました」
プレチャンバーは燃焼室内で混合気を効率的かつ素早く燃焼させるうえで重要な要素であり、ピストン形状も燃焼状態に直接影響する。さらに潤滑系で機械的な摩擦損失を減らすことで、燃料から得られるエネルギーを可能な限り出力へ変換することを狙っている。
最大30馬力アップの可能性 50馬力説には否定的
注目されるのは、スペック2によって実際にどれほどICEの性能が向上するのかだ。
ホンダは具体的な出力向上幅を公表していないが、一部の楽観的な推定では最大30馬力程度の向上が得られる可能性が指摘されている。一方、別の報道では30~50馬力程度との推測も出ている。
特に50馬力という数字について質問された折原慎太郎は、その規模には否定的な見方を示した。
「その数字があればうれしいですが、かなり大きな数字です」
さらに、50馬力という報道について折原慎太郎は次のように説明した。
「詳細なパワーの数字はお話しできませんが、私の感覚では、それは実際の数字ではないと思います」
具体的な出力向上幅こそ明かしていないものの、スペック2の開発自体については予定していた水準に到達したという。
「詳細な数字は明かせませんが、我々の内部目標は達成しました。スペック2エンジンについて、HRC Sakuraのファクトリーのみんなが成し遂げたことには自信を持っています」
「新しいスペックのエンジンをオランダに持ち込むことを楽しみにしています」
したがって「最大30馬力」はホンダが公式に示した数字ではなく、あくまで外部から出ている楽観的な推定となる。ただし、ホンダ自身が内部目標を達成したと説明していることからも、一定の性能向上に手応えを得ていることはうかがえる。
目標は「レースができる集団」へ戻ること
折原慎太郎がザントフォールトでのアップデートに掲げる目標は、単純な最高出力の数字だけではない。
アストンマーティンがシャシー側で前進したように、PU側でも他車と直接競争できる領域へ戻ることを目指している。
「我々の目標はレースができる集団に戻ることです。毎週末、0.01秒や0.02秒を見つけるために懸命に取り組んでいますが、そうした小さな改善が実際に意味を持つ状況に戻したいです」
現状ではPU性能の不足が大きいため、セットアップや細かな最適化によって0.01秒、0.02秒を削っても、それが結果に反映されにくい。まず大きな性能差を縮め、そのうえで細部の改善が順位につながる状態へ戻すという考えだ。
スペック2でドライバビリティは再調整へ
ただし、ICEの性能を大きく変更すれば、新たな課題も生まれる。そのひとつが、2026年シーズン前半を通じてホンダが改善を続けてきたドライバビリティだ。
ドライバビリティとは、ドライバーがアクセルを操作した際のトルクの出方や、コーナリング中のPUの反応など、ドライバーが感じる出力特性を指す。
「ドライバビリティを最適化するためのツールを開発し、大きく前進しました。目標としていたところにかなり近づいていました」
しかし、スペック2ではICEの燃焼特性そのものが変化する。
「ただ、スペック2エンジンを投入すると燃焼特性が大きく変化します。非常に大きくというほどではないかもしれませんが、かなり違うものになります」
「それによってコーナリング中のエンジンの挙動も変わります。ですから、ドライバビリティについてはもう一度開発していく必要があります」
最高出力を引き上げるだけでは十分ではない。新しいICEの特性に合わせて、アクセル操作に対するトルク供給やコーナリング中の挙動を再び最適化する必要がある。

AMR26の進化もPUへの要求を変える
さらにホンダにとって重要なのが、アストンマーティンのシャシーそのものが進化していることだ。
ハンガリーGPで投入されたアップデートによってコーナリング性能が改善すれば、ドライバーがPUに求める特性もこれまでとは変わる。
「マシンの仕様が変われば、コーナリングスピードもかなり高くなります。そうすると、ドライバビリティに対する要求も変化します」
PUとシャシーは独立して存在するものではない。コーナリング速度やアクセル開度などが変化すれば、それに合わせてPU側の制御も適応させなければならない。
ニューウェイを中心としたアストンマーティンの開発が進むほど、ホンダ側にも新たな要求が生じることになる。
「ゼロからではない」前半戦の経験をスペック2へ
スペック2の投入によって再びドライバビリティの調整が必要になるとはいえ、ホンダがシーズン開幕時の状態に逆戻りするわけではない。
折原慎太郎は、前半戦を通じてドライバビリティを改善する方法そのものを理解できたことが大きいと語る。
「シーズン前半を通じて大きく前進しました。我々なりの最適化の方法を開発することができました」
「新しいエンジンを投入すれば、おそらくドライバビリティを改善するために、また作業が必要になると思います。ただ、今は何をすべきか、どこを改善すべきかが分かっています」
「そこは非常に大きな学びでした。その経験をBスペックのエンジンにも持ち込むことができます」
新しいICEによって燃焼特性が変わっても、前半戦で確立した開発手法まで失われるわけではない。ホンダにとっては、スペック1で得た知見をスペック2へ持ち込みながら、新たな特性に合わせて最適化を進めることになる。
スペック2はホンダのキャッチアップの第一歩
スペック2だけですべての性能差を埋められるわけではない。ホンダには今後もPUを改良する機会が残されている。
2026年から導入されたADUO(Additional Development and Upgrade Opportunities)は、PUメーカー間に一定以上の性能差が確認された場合、後れを取っているメーカーに追加開発を認めるキャッチアップ制度だ。
ホンダは最初の評価で追加開発の対象となっており、今回のスペック2はライバルとの差を縮めるための重要なステップとなる。
折原慎太郎自身も、ICEで目標を達成したあとには「ほかの細かな部分を最適化できる」と説明している。つまり、ザントフォールト仕様が2026年型ホンダPUの完成形というわけではない。
まず最大の弱点であるICEの性能を必要な水準まで引き上げ、その後にエネルギーマネジメントを含むほかの領域を最適化していく。スペック2は、そのキャッチアップ計画における重要な第一歩と位置づけられる。
アストンマーティンとホンダ 反撃の第2段階へ
アストンマーティン側でも状況は変わり始めている。ハンガリーGPでは大型アップデートを投入したAMR26が一定の前進を示し、夏休み明けにはそこへホンダのスペック2が加わる。
シーズン前半にはシャシーとPUの双方で苦戦したが、シャシー側に続いてPU側でも性能差を縮めることができれば、アストンマーティンとホンダの2026年シーズンは新たな段階に入る。
ホンダにとってザントフォールトのスペック2は、単純な馬力向上だけを目的としたアップデートではない。プレチャンバー、ピストン、潤滑システムまで変更してICEそのものの性能を引き上げる一方、その結果として変化する燃焼特性に合わせ、ドライバビリティも改めて作り込む必要がある。
最大30馬力という数字はあくまで外部の楽観的な推定であり、ホンダは具体的な向上幅を明らかにしていない。それでも「内部目標は達成した」という折原慎太郎の言葉からは、スペック2への手応えがうかがえる。
シャシー側で前進したアストンマーティンに、ICEを重点的に改良したホンダのスペック2が加わるオランダGP。そこで「0.01秒や0.02秒の改善が意味を持つ」レースの集団まで戻れるかどうかが、後半戦に向けた最初の試金石となる。
カテゴリー: F1 / ホンダF1 / アストンマーティンF1チーム
