ジョージ・ラッセル メルセデスF1初戦の代償「今も腰に傷跡が残っている」
ジョージ・ラッセルは、2020年F1サヒールGPでメルセデスから急きょ参戦した際、体に大きな負担を強いられ、5年以上が経過した現在も腰に「傷跡」が残っていることを明かした。

当時ウィリアムズからF1に参戦していたラッセルは、メルセデスと契約を結ぶ育成ドライバーでもあった。ルイス・ハミルトンが新型コロナウイルス検査で陽性となったため代役に抜擢されたが、参戦決定から走行開始までほとんど準備時間がなく、自分の体格に合わないコックピットでレースを戦うことになった。

ハミルトンより約13cm長身 急造のコックピット
ハミルトンの欠場が正式に発表されたのは2020年12月1日。サヒールGPの週末が始まるわずか3日前だった。

ラッセルは自身のシートを使用することができたものの、そのモールドは3年前に製作されたものだった。さらにレーシングブーツも通常より1サイズ小さいものを履かなければならなかったという。

ラッセルはハミルトンより約5インチ(約13cm)身長が高く、本来ならコックピットを体格に合わせて調整する必要があった。しかし、突然の代役決定だったため十分な改修を行う時間はなかった。

それから5年半以上が経過した現在、ラッセルはSAPのYouTubeチャンネルで当時を振り返り、その影響が今も残っていると明かした。

「今でも腰に傷跡が残っているんだ」

準備不足でもボッタスに0.03秒差
十分な準備ができない状況にもかかわらず、ラッセルは予選でメルセデスのレギュラードライバーだったバルテリ・ボッタスに0.03秒未満まで迫った。

決勝ではスタートで首位に浮上。87周のレースで61周目まで勝利を狙える位置を走り、メルセデスでのF1初戦でいきなり優勝する可能性が見えていた。

しかし、その後に状況は一変する。

バーチャル・セーフティカー(VSC)下で行われたピットストップで、メルセデスは誤ってボッタス用のタイヤをラッセルのマシンに装着。規則上そのまま走行することはできず、ラッセルは再びピットに戻ることを余儀なくされた。

それでもラッセルは追い上げ、2番手まで順位を回復した。ところが今度はコース上のデブリを踏んでタイヤがパンクし、再度のピットストップを強いられた。

「どうしてこんな一連の出来事が起きたのか、本当に理解できなかった」

「ピットストップでミスが起きて、『これはまったく良くない』と思った。でも、そこから挽回して、少なくとも2位、たぶんまだレースに勝てる位置まで戻っていたんだ」

「感情がめちゃくちゃだった」初勝利を逃したサヒールGP
ラッセルにとって、さらに受け入れ難かったのがパンクだった。当時、それまでのレースキャリアでほとんど経験したことのないトラブルだったという。

「そしてパンクした。あの時点までキャリアで一度もパンクしたことがなかったんだ。今では150戦以上レースをしているけど、それ以降もパンクしたことがあったか分からないくらいだ」

「だから、どうしてあんな出来事が次々と起きたのか、本当に理解できなかった」

「感情がもう、めちゃくちゃだったよ」

最終的にラッセルは9位でフィニッシュ。F1初優勝は逃したものの、急きょ乗り込んだメルセデスで見せた速さは、その後のキャリアを大きく左右するパフォーマンスとなった。

ラッセルは最終戦アブダビGPでウィリアムズに復帰し、2021年も同チームから参戦。そして2022年、メルセデスのレギュラードライバーに昇格し、ハミルトンのチームメイトとなった。

メルセデス昇格につながった忘れられない一戦
2020年サヒールGPは、結果だけを見ればラッセルにとってわずか2ポイントに終わったレースだった。しかし、体格に合わないマシンと装備、ほとんど準備時間がない状況でボッタスと互角の速さを示し、決勝では勝利目前まで迫った。

ピット作業の混乱とパンクによって初優勝こそ逃したが、この一戦はラッセルがトップチームでも戦えることを強く印象づけたレースとして、その後も語り継がれている。

そして、その過酷さを物語るものが今も本人の体に残っている。メルセデスでのF1初戦から5年以上が経った現在も、ラッセルの腰には急造のコックピットで戦った際の「傷跡」が残っているという。

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カテゴリー: F1 / ジョージ・ラッセル / メルセデスF1